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備忘録

Indianlife

814回目:妻に会う④〜コロ助からの結婚式(日本)〜

2022年9月4日の備忘録

お久しぶりです。「私」です。私は現在、広州のど田舎で、入国後の7日の隔離をされている。

8月31日のフライトで日本から中国の広州へと入り、そこからバスに乗せされホテルへ。その隔離ホテルというのも、ランダムセレクトで、バスに乗っている最中もどこに着くかわからない。また、そのフライトには何人もの日本人も登場していたが、その日本人グループとは、グループが異なり、完全に私は「現地中国人組」と共に行動を共にした。隔離ホテルも、日本やインドで味わった隔離とは一線を画した「完全隔離」。ちょっとでもふざけたら、監視カメラから見つけられ、電話がかかってくる。

本日で隔離4日目。8月中旬にコロナにかかって、そこから復活し、日本で何をやっていたのかをここに記そうと思う。

そもそも、最も世界で入国が難しいとされる中国に、なぜ私が入れるのか。それは、中国人の家族になったからだ。普通の観光客はまだ中国に入れない。だから、先に「リモート」で入籍をしたのだ。入籍をすれば国を移動できる。まさに、その作戦が成功し、妻と共に日本と中国間を行き来してる。なんかめちゃくちゃレアなことしている気がする。

8月9日私コロナ、8月10日妻漏れなくコロナ

8月7日に日本に帰国し、その日の夜、久しぶりに妻と成田で会う。そして、8月8日を挟み、8月9日の朝から高熱が出始める。漏れなく8月10日から妻も熱が出始める。東京都に電話をして、病院に行きたい旨を伝えるものの、病院がやっていない、または、診察を拒否、または、病院が満タン、という状態で、我々は自力でコロナを治すことを決意した。熱は、私の方が特にひどく、39.5度を超える日が続く。咳も出て、「インフルエンザ」よりも辛い症状と実感した。そこから8月19日まで外との接触が出来なくなり、本来山形に行って、お盆を利用して、友達や親戚にも会いに行こうと試みていたがそれも全てキャンセルに。唯一キャンセルにならなかったのは・・・・

我々の結婚式だ・・・・

8月21日結婚式

8月21日に結婚式を挙げることになっていたが、その衣装合わせや打ち合わせもコロナに罹ったせいで全てキャンセルとなった。だが、コロナに罹りながらも冷静に考えてみると、8月21日であれば、そもそも予定していた実家山形での結婚式を延期する必要がないことに気がついた。なので、式場との打ち合わせはリモートで行い、結婚式の衣装合わせは、山形にて、なんと結婚式の前日に行った。

そして、無事に挙げることができた結婚式。

何か小さくてもいい、何らかの形で、両家族と妻に「結婚」をした証を残すことが出来たので本当に良かったと思う。改めて、3年ぶりに妻を両親に合わせて、1週間ほど一緒に、山形の実家で過ごすことが出来た。その間、両親のめちゃくちゃ喜んでいる姿を見たような気がする。想像以上に喜んでいるその姿を見ると、また一緒にすぐ戻ってきたいなと思った。

8月31日に中国の広州へ

8月は、3年ぶりに妻には会えるわ、コロナには罹るわ、結婚式を挙げるわ・・・・と、人生の重要ポイントが怒涛のように流れた気がする。さらに、コロナ禍で、最強に日中の行き来ができない今の時期、これが、出来てしまっていることは、「奇跡」に近い。

そして、9月。日本側が落ち着いたら今度は中国側だ。中国の妻の両親とも会うべく、8月31日に広州へ。10日間の隔離を経て9月15日に、妻の両親の実家「内モンゴル」へ行く。正直、このタイミングでご家族にお会いできるのは嬉しい反面、日本人の私はどう受け入れられるのか不安な面もある。でも、横には「妻」がいるから多分大丈夫だろう。

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