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Indianlife

780回目:出張レポート〜インドール編〜

12/16〜12/24で長期に渡り出張に行ってきた。ざっと振り返ると下記の様なスケジュールだ。

  • 12/16 ムンバイからインドールへ
  • 12/17 インドールにて、早朝7時から村へ
  • 12/18 インドールからコインバトールへ
  • 12/19 早朝5時コインバトールからポラチへ
  • 12/20 商談後、コインバトールから、深夜アーメダバードへ
  • 12/21 アーメダバード
  • 12/22 アーメダバード
  • 12/23 アーメダバード
  • 12/24 アーメダバードから深夜ムンバイへ。帰宅

かなりの弾丸&長期出張。「俺、出張後、熱出すと思います。。」と、ボスと同僚には事前にアナウンスをして旅立った。なんせ、私実は体が弱い。なので、こういう体に明らかに無理をかけるときは、私は決まって体を壊すというのが、インド店では定説になりかけている。だから、旅の途中は、休む時はちゃんと休み、食い物には気を使い、無論コロナ対策もしながら旅をする。

インドールへ

12/16に、私は今インドールに来た。そこでは、新規のコットン農家の下見に来た。現地コンサルタントと合流し、片道4時間かけて農村へ。現在インドは「オーガニックコットン綿」の世界最大の産出国となり、世界中の原料屋がこぞってインドのコットン原料の確保に躍起になっている。今回我々も、日本から兼ねてから農地拡大の要望もあったことから、いざ日本が盛り上がり、突然依頼がまた来ることを見越して視察に来た。コットン栽培をして、ワタを回収し、その原料を確保するということは簡単ではない。よろしく!と、頼んで1週間で何とかなるとかそういう問題ではなく、気候に合わせた土壌と品種を選び、農民を招集し、そして、農民を納得させてから栽培をスタートするというかなり長いプロセスを踏む。当たり前だ、農業なんだから。日本から「オーガニックコットンの農場拡大できますか?」と、突然問われても、既にシーズンが終了した時は既に遅し。もしくはその依頼が来て、いざ準備をしていても、いざ決断となった頃には、とっくに日本は冷めている、、なんて事がよく起こる。

なので、考え方を変えて、日本の方針をよく聞きつつも、さらに先を見越して、「独自」に行動しておく必要がある。結果に出なくても、そういう自分で考えて行動した独自の動きの先には、必ず何か掴むものがあるので、そこに伴う自分を含めたスタッフの出張旅費なども、未来への教育費用と捉えて、会社の金を使わせてもらっている。日本からの依頼がさらに紐付けば、さらに良しぐらいに考えて、インド店が独立するために、インド店が儲かるために、俺らは何をするかってことだけを考えて行動している。なので、基本、出張もベテランスタッフと若手を同行させ、基本全部スタッフに全てやらせる。私は、横から思ったことを少し口出しして、何もかも全てスタッフにやらせる。分かってても自分でやらない事を心掛けている。実際、本当のところは、私が「一人では何も出来ない」だけなのだが、立場が変わればものはいいようだ。。

農家を訪れる

農家を下見する。下見というか、完全にパターンが出来上がっていて、まず村の民家にお邪魔し、そこで輪を作ってみんなで座る。その後、私と同行したコンサルタントが、どんだけ化学肥料を使ったコットン栽培が、人体に悪影響を及ぼすか、どんだけ農民が薬品会社に搾取されているかを、かなり分かりやすい例えと共に説明する。そして、すこーしずつ、農民たちのマインドを切り替えて、有機栽培に関するマインドセットを作っていく。今回3つの農家をまわったが、三つまわって何人が賛同するかも未知数だ。この勧誘がかなり時間を要するなと、、自分で現場に入って初めて実感する。また、化学薬品まみれの農業を行っている象徴とも言うべきものが、写真に写っている敷物だ。よくみると、化学肥料の袋を繋ぎ合わせて先物にしている。

インドの村の状況

折角、現地民族の村に来ているのだから、色々聞いてみる。下記がざっと私が聞いた内容で、所謂現場の情報だ。

  • 世帯年収:約20〜30万円 ※世帯の手取り年収だ。これで一家4〜6人を養う。
  • 収入源は100%男性のみ
  • 女性は収入源ゼロだが、実は男性より働き者
  • 家系:平均子供二人。子供6人ぐらいいるかと思いきや、そんな子供の数は遠い昔のことのようだ。
  • ほぼ学校に行ってる
  • スマホ完全に行き届いている。どうやら政府が中古スマホを配っているようだ
  • 銀行口座も農民ほぼ全員持っている
  • 半径20〜30キロの範囲内で、古来から同族の集落を形成し、その系列の民族により気性が異なる。結婚もその範囲内で行われるため、その同族民族内では、多分苗字は一つしかない。
  • 結婚:同族通し。私が現地コンサルに、「まって。。それって、結果全員親戚になりません?」って聞いたら、「そういうことです」と言っていた。
  • デート:恋愛はタブー。ただ、私が、「最近の若者はこの村でデートとかするの?」と聞いたら、デートスポットはある模様。学校の帰り道の川やダム付近が旬なスポット。
  • 家:牛のうんことか色々混ぜて建築。毎月補強していく。
  • 外国人:農民からは、私が、「このエリアに踏み入れた最初の外国人です。外国人は写真でしか見たことありません。」なんて言われて、一体なんていうところに来てしまってのかと、私の過去のバックパッカー魂をくすぐった。到達してやったぜ的な、謎の達成感があった。

これが、うんこで出来た家。インドの「モディスキーム」という政策で、どんな身分でもガスを使って欲しいというモディ首相の政策で、ガスコンロとプロパンガスが配られていた。

現場

現場に入って自分の目で見てみないと分からない。机に座って、部下を動かし、現地コンサルに金を払って仕事してもらい、出来上がった商品に対し文句だけ言ってるだけでは、それは日本でもできる。ここにいるから出来ることを沢山やらねば。

とはいえ、余りにも奥地に来てしまい、農家をまわりながら、「俺は一体何をやってるんだっけ?」と、時たま我にかえる時もしばしばあったが、これができるのも駐在員、特に発展途上国にいる我々の醍醐味だ。

真剣に学ぶことも多々あった。ビジネス的な視点から言えば、「オーガニックコットン」ブランドというのは、もう過去のもので、インドでは、オーガニックコットン栽培は当たり前のものとして、さらに①土壌のケア②家畜のケア③農民全体の生活のケアなど、現地の生活を総合的にサポートをし、国の補助金制度も利用しつつ、生活改善を試みる活動、そして、それを世界のSDGS と組み合わせ、「リジェネレイティブ•オーガニック」という認証が、今後の主要になりかけていることに気がついた。さらに、パリ協定を皮切りに、エネルギーインフラ関係では「脱炭素」が世界のメイントピックとなっているが、ここにも、「カーボンフットプリント」という「炭素を減らした分貯められる特典制度」なども繊維産業に浸透し始めていた。こういう新たな知見の広がりは、現場に行かなかったら多分掴めなかっただろう。

この村から帰る時、不意に寄り道したパーキングエリア。ここで昼食を取る。ホテルに戻るにも、ここからの道中、恐らく、かなり長くなることを見越して、念の為トイレで用を足す。すると、無論紙などはなく、一緒に来ていた私のメンバー(女性)に、「すまん!テッシュ投げて!」と、メッセージを送ろうとしたが、幸いにもシャワー的なものが設置されており、無論水と手で直接いった。ちゃんと左手でケツを拭き、その後右手で飯を食う。インドに来て一年もすれば、手で飯を食うのも何も抵抗なくなる。唯一不安なのは、マインドはインド化されていても、病弱な私は、体がついてこないということだ。だか、何とか、村で食った物や、このサービスエリアで食ったものでは腹は壊さなかった。下の写真が、寄り道したサービスエリア。トイレは比較的綺麗であった。多分ここなら日本人のお客が来ても最悪大丈夫だな。最初はビビるだろうが。。

さて、インドールよりコインバトールへ移動する。

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