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Life

639回目:The Great Journey Episode 8

最後は遊びまくれ!!!!

ヨセミテ
ゴールデンゲートブリッジ
ラスベガス
グランドキャニオン
アンテロープキャニオン

授業はギリギリちゃんとして

(つーか、もう最後はちゃんとしてないwww)、

ありったけの金を使って、

最後はアメリカを肌で感じる時間だ!!!!

もう、この時間は帰ってこない!

会社に怒られようと、怒られなからろうと、

最後はもう暴れたれ・・・・

と、腹を決めて、遊びまくった。

一応、それを正当化する言い訳としては、

将来、出張でお客とアメリカに来ることがあったときに、

「私さんアメリカに1年住んでたんですってね!」

って、言われた時に、

「実は、どこにも行ったことないっす!」

ってのは、やばいのではと思った。

これは建前で、本音はただめっちゃ旅行したかった。

その一心。

だから、“会社に下手に怒らなれない“程度に、

めちゃくちゃ旅行してやった。

しかし、一個だけ自分の「旅行ルール」があった。

それは、各旅行先で、

「airbnbで民家に泊まること(ホテルNG)」というルール。

理由は、ホテルで1人で泊まっていると単なる旅行で終わって、

アメリカ文化の表面だけをなぞるだけのような気がしたから。

あと、ホテルはめっちゃ高い。

ホテルに泊まったら一瞬で金がなくなる。

民家に泊まってたら、その都度その家の家主と喋らないといけないし、

アメリカ文化を肌身で感じるイイチャンス。

これは、ほんとやっておいてよかった。

カリフォルニアでマリファナをすわされそうになったり

(もちろん断った。だがそういう誘いはある)、

布団だと思ったらウォーターベットだったり、

宗教の教えを永遠と聞かされたり、

多国籍の男女8人で4つの2段ベットをシェアしたり、

アルゼンチン人とドイツ人でラスベガスのダンス会場に乗り込んで行ったり、

仲良くなって一緒にカフェに行ったりと、

単なる旅行で終了しなかったので、

結果的には安く、イイ体験をした。

その時がやってきてしまった。

終わってしまう。

人生の最大級の夏休み。

企業派遣での留学・・・・

時は2016年8月末。

もう、いよいよこの時間ともおさらばの時が近づいてきてしまった。

2015年11月から始まった留学・・・

いやだ・・・帰りたくない・・・・

また、日本に帰って地獄のような社畜生活になるのやだ・・・

嫌だ・・・帰りたくない・・・

でも帰らないと行けない・・・

Dちゃんともお別れが近づいてきた・・・

やだ・・・帰りたくない・・・・

ああ・・・このまま俺たちの関係はどうなってしまうのだろうか・・・・

・・・・・・

・・・・

平日はホームステイ先・・・

休日はDちゃんの家で過ごす・・・

そんな数年ぶりの青春の時間を過ごしていたアメリカ・・・

もう終わる。

Dちゃんとウーバーに乗ってシンシナティ空港に向かう。

シカゴ経由、成田行き・・・・

もう、その時は近ついていた。

私「また日本に遊びにおいでよ!俺もまたシンシナティに来るよ!」

Dちゃん「うん!またシンシナティにきてね!東京に行くよ!!」

もう、その時はお互い、完全にお別れだと薄々覚悟していた。

その時は・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・

そして、数年後・・・

・・・・・

・・・・

・・・

まさか、Dちゃんが本当に東京にきて、

俺もシンシナティに行って、

日本とアメリカ、日本と中国、そして、インドと中国を行き来し、

現在フィアンセになってしまったなんて・・

マジで奇跡としかいいようがない。

コロナで国交が断絶してしまっているが、

そんなもの大した問題ではない。

これからも、常識を超えて自分らで人生を決めていこう!

もうすでに我々は「普通」ではなくなっている・・・

英語は上達したのか?

語学学校では、名物授業『リサーチペーパー』

という卒業論文のようなものを一回書かなきゃならない。

これが一番辛いのだが、

こいつが一番パワーがつくと感じ、

不要な授業を捨てて、

先生にお願いしてこの授業を特別にリピートしていた。

何が良かったって・・・

自分の興味のあるトピックを選べるし、

最後プレゼンまでやるから、

時間をかけて自分の力になると悟ったからだ。

本来は1回でイイこの地獄の授業を、

僕は4本受講し、

何故こんな地獄の授業を好き好んで受けるのか、

と、「キチガイ日本人」として名を馳せることになる。

しかし、この論文授業には僕にとって

最大のメリットがあった。

それは、『時間に縛られない』こと。

辛い反面、自分で勝手に進められる。

だから、大事なところだけ出席して、

あー意味ねーな、と思ったら、

休んで旅行に行ったり、図書室にこもって自分でやれた。

4ヶ月に渡って作った4本の論文は、

  • 「グローバリゼーション」
  • 「マラソンの運動生理学」
  • 「社畜の社会心理学」
  • 「ディズニービジネス」

その代わり、内容には徹底的に集中した。

1本を作るのに1ヶ月の時間をかけ、

ネイティブの友達にも添削してもらったり、

Dちゃんの大学院の資料を参考にしたり、

プレゼンの練習をしたりと、

あらゆる手を尽くして俺なりに頑張ってはみた。

語学学校の授業だけでは、目標としてる感じにはならないと悟ったからだ。

・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・

ここまで頑張った、私の語学の成長は・・・?

・・・・・・・

・・・・・

・・・

「喋れるようになりたい」

と目標を掲げて乗り込んだアメリカだったが、

1年間過ごして総じて

「イメージしていたペラペラ」

には、到底ならなかった。

自分の当時の英語力を因数分解すると、

  • 住んでて困らない
  • ネイティブと何とか話ができる
  • わからないのにYESと行ってしまうのは直らない
  • 議論は困難極まりない
  • ネイティブじゃない人と英語で話すのは問題なし
  • 英語で夢はたまに見る
  • 8ヶ月目ぐらいから「あれ?」と掴みかける
  • 映画は字幕なしで50%ぐらい理解できるか・・・いなか・・

こんな感じか。

トフルは・・・・・・・・

アメリカ留学して、

その後、現在進行形でインドに駐在していても、

当時会社からの指示とはいえ、

未だに自分は「あれは意味なし」と断言できるが、

自分が結果を出していないことに関して、

これ以上、あーだこーだ語るのは辞めておこう・・・・・

俺にはその資格はない。

むしろ本当に大事なのはここからだ・・・

本当の勝負はむしろ帰国後

多分、最難関は「帰国後」だと実感した。

日本に帰って来てから、

「英語の日々」から「純度100%日本語の日々」が始まる。

この環境で英語をいかに話すかが、

スーパー最大級の試練の時だ。

みんな日本語ばっか喋っているオフィスの中で、

自分1人だけ英語で電話できるか・・・

日本語で商売が完結している環境の中で、

英語を使って将来のために仕事をする環境を作り出せるか・・・

アメリカでできた友達とちゃんと日本に帰ってからも英語で話す関係性を築けるか・・・

これが・・・・・

最大級に難しい

アメリカにいる時は自然と英語使わないといけないわけだから、無意識に使うけれども、

実際上達し始めるのは留学の後半・・・

そして、日本に帰国と・・・・

言語ってもんは使わないと一瞬で忘れてしまうわけで、

日本に帰ってからめっちゃ使わないと、

まじで一瞬でゼロになると悟っていた。

時を経て・・・現在

現在、2020年年末。

アメリカに出発してから早5年。

Dちゃんのおかげと、インド駐在がスタートしたこともあり、

5年毎日英語で喋る人生となった。

むしろ、帰国後Dちゃんと毎日英語で喋ってるから英語が上達したようなもんだ。

それでも・・・・・・

いわゆる「ペラペラってやつ」には、まだなっていない。

ネイティブみたいなカッコイイ英語には、5年毎日喋ってもならなかった。

逆に感づいた。

これは・・・・

一生勉強だな・・・・・・・と。

人が30歳を超えてから、違う言語を習得しようとしたら、

毎日一生勉強しないと、それなりにはならないと体感している。

気楽に日々の生活の中で、その都度新しい言葉を見たらそれを覚え、

生活に根付いたナイスな会話表現があったら発音して練習する。

もう、これしか上達の方法はないな。

最終結論:

語学の取得は、

一生やり続けるしかない。

おまけ・・・・

一緒にアメリカ生活を送った同志、

留学アメリカ派遣組の4人組。

冒頭に紹介した、

  • 同期K
  • 後輩M
  • 後輩K

各々、アメリカ留学後、各地に配属が決まり新たなスタートを切った。

そして現在、

同じ窯の飯を食って

地獄の新人時代を過ごした同期Kとは

今でもつながっているのは言うまでもないが、

まさか・・・・

その当時一緒に切磋琢磨した後輩Mが・・・

インド事務所で駐在員として僕と一緒に

駐在をスタートさせ、

出発の飛行機で共にニューヨークへ旅立ち、

一緒にセントラルパークをランニングした後輩Kが・・・

インドでスタートした釣り事業の日本の窓口となり、

現在僕と一緒に仕事をすることになるとは、

その当時は全く想像できなかっただろう。

人脈とはどう未来に影響を及ぼすか、ホントわからないものだ。

人脈は財産だと、歳を重ねるごとに実感している。

同志たちよ、これからもたのんますわ。

「完」

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